開店準備にはまだ早い昼下がり、歌舞伎町に店を構えるスナックお頭裸の女将ズラ子は厨房に立っていた。
土鍋の中でくつくつと煮立つ粥を蓮華で掬い、まだ紅を引かない唇でふぅ、ふぅ、と冷ましながら口に運ぶ。
(ふむ、塩加減はこんなものか。)
口端をぺろりと舐め満足気に微笑み、猫の手を型どったミトンを両手に付け鍋を火から下ろす。

スナックの2階には何でも屋を生業とする万事屋が入居しており、そこの主人が昨夜から熱を出して寝込んでいた。
(あいつは腕は立つのになぜこうも病原菌に弱いのか。無理をすると直ぐにこれだ。)
唇を軽く尖らせながらズラ子は土鍋と刻んだ薬味やお新興をトレーに乗せ、いそいそと店の奥に有る引戸を開ける。
この扉はお頭裸のアルバイトは元より万事屋に通う従業員も知らない2階への秘密の通路になっていた。
勿論上階で布団に包まる万事屋の主人は、トントンと階段を上がってくる足音が唯一の人物だということを知っている。

「晋助、入るぞ。」
静かに襖を開けたズラ子は、その美しい顔と線の細い体躯にそぐわぬ落ち着きのある低い声をしている。それもその筈で、スナックお頭裸の女将は実は女装をした正真正銘の男性である。しかし、初対面の人間は誰もが彼が女性であると信じて疑わない。
だが、万事屋晋ちゃんの店主だけは違った。彼は初めて会った瞬間にズラ子を男だと見抜いた唯一の人物だった。
「晋助、食事だ。起きれるか。」
今一度その背に問いかけるが返事は無い。まだ眠っているのかと枕元にトレーを置き、膝を付いてそっと背後から彼の額に手を伸ばす。
「全く人の気も知らんで、俺がどれだけ毎日気を揉んでお前の帰りを待っ…」
眠っている筈の肩がピクリと揺れ、ズラ子はその手をさっと引くとすぐさま彼の後頭部へぱちんと小さな衝撃を与えた。
「…っい、」
頭を抑え振り向いた床の主は、眉間に皺を寄せ心なしか頬を桜色に染めた家主を見上げた。
「だ、大分熱は下がっている様だな。狸寝入りなどせんでさっさと食べてこれ(薬)を飲め。」
粥の横に添えられた白い包み紙に視線をやり、そそくさとその場を立ち去ろうとするズラ子の腕を万事屋の主人はすかさず掴んだ。
「何で逃げんだよ。食わしてくれんだろ?」
寝床で不敵に嗤う彼は、ズラ子が自分の要望を絶対に拒めない事を知っている。
「…開店準備が有る。すまんが晋助、時間が無い。」
言葉とは裏腹に付いた膝は動く事はなく、掴まれた腕も振り払われない。
「下がったとはいえまだ微熱は有るのだ。今日はこのまま大人しく寝ていろ。」
お頭裸の女将に甲斐甲斐しく世話を焼かれる高杉晋助は、昨日まで一ヶ月程この事務所兼自宅を不在にしていた。
店子といえども万事屋の仕事内容について普段はズラ子が知る由もないが、今回の事については特別に把握していた。
仕事に出向く前日、長期になるかもしれない依頼だからと一晩かけてたっぷりと布団の中で聞かされていたからだ。
そう、この二人は恋愛関係にある。
元々二人共男性が好きだった訳ではないが、出会った瞬間に何故かお互い一目惚れをし恋に落ちた。
「ひと月振りなんだぜ…」
ぐっと力を込め、彼はズラ子の身体を引き寄せた。バランスを崩しよろけた痩身を晋助はしっかりとその胸に受け止め、数日ぶりの愛しい人の匂いを肺いっぱいに吸い込む。
上半身だけ彼に覆い被さる状態で、耳朶から首筋に唇を寄せられたズラ子は、細い背をしならせながら白い足袋で畳を剃った。
「晋…っ、お前、やっぱりまだ熱があるではないか!体が熱…」
言葉は唇で塞がれ、普段より少しだけ熱を帯びた彼の舌がズラ子の身体に小さな火を灯す。
「…ン…」
くちゅくちゅと舌が絡まれば、否応なしに脈拍が早くなり身体の芯が反応を示す。
つ、と糸を引き一旦離れた口元はすぐさま引き寄せられ、再度口付けられたままズラ子の体は反転し晋助に組み敷かれていた。
「会いたかったぜ…。だが、お前ェさんの方がどうやら早く俺を欲しがってる様だな。」
少し乱暴に襟を割られ真白い鎖骨に針のような痛みと共に紅い華が一つ落とされる。
「…っ痛…」
少しだけ恨めしそうな視線を胸元へ向けるズラ子は、今まさに己を喰わんとする美しい猛獣の艶めく髪に指を滑らせる。
「貴様こそ、昨夜は死にかけてたくせに、何だ、飯も摂らずに盛るとは…っ…どこにそんな余力があったのだ……んう」
晋助の節ばった人差し指と中指がズラ子の唇にねじ込まれ、言葉はまたも遮られた。
「俺は腹ァ減ってんだ。もう我慢の限界にきてんだ。」
そう言うなり晋助は器用にズラ子の帯を解き緩んだ裾に手を滑らせた。さわさわと掌が内股を辿り、熱の篭る中心に指先が触れた瞬間、ふるりとズラ子は全身を震わせる。
「…っ晋助、駄目だ、時間が…っ」
「身体は正直だな。ちゃんと硬くなってんじゃねぇか。」
猛る部分をぎゅうっと握られズラ子は小さく喉を鳴らした。
「なぁ、お前、俺の事好きだろ。」
五臓を震わせる様な晋助の声と共に耳穴に侵入してきた生暖かい舌が、ズラ子の理性を崩しにかかる。直後、恋人の手の中で硬度を増した中心から透明の粘液が涙の様に滲み出る。
「ば、か、そんなに、擦る…な…、離っ」
「ちゃんと、言わないと、くれてやんないぜ。」
汗ばむ胸の飾りをコロコロと舌で転がし、更には濡れた中指をズラ子の秘部へ宛てがい追い討ちをかける。
「俺の、欲しくねぇの?」
腕の中で形の良い唇を噛み締め堪える様はとても扇情的で、晋助の情欲に益々拍車をかけた。
「我慢して、何になる?行く前の素直なお前さんはどうした。あん時は積極的に乗っかって来たじゃねぇか。」
すると突然ズラ子はポロポロと涙を溢れさせ晋助をきっと睨みつけた。
「馬鹿者!何でお前はそんな…っ。俺がどれだけ心配したと…思っ…この一か月生きた心地がしなくて……ばか、晋助のばか!」
子供の様に泣き出したズラ子に吃驚し晋助は我に返り動きを止めた。そして肩を震わせ嗚咽しながら胸をぽかぽか力なく叩く拳をを優しく包み両手を掴む。
「おい、ズラ…」
晋助は言葉を飲み込むと、ズラ子を優しく抱き締め涙で濡れた白い頬に口付けた。




「ああ、そうだ。後始末は任せた。終わり次第連絡を寄越してくれ。」
耳元に聞き慣れた声がしてズラ子はゆっくりと瞼を開けた。
「晋…」
電話を手にした声の主へ顔を向けると、その柔らかな眼差しと視線がぶつかる。
「起こしちまったか。お前ぇさん、もしかして寝不足だったんじゃねぇか?」
ぼうっとした意識が徐々に覚醒し、ズラ子は勢いよくガバッと身体を起こした。
「今、何時だ!?」
窓の外はとっぷりと日が暮れて、繁華街特有のネオンカラーがチカチカと薄暗い部屋へ差し込んでいた。よくよく見れば隣で胡座をかき煙管を蒸す恋人は一糸まとわぬ姿だ。
「ご馳走さん。粥もお前ぇも美味かったぜ。」
そう言ってふぅ、と天井へ煙を吐き置かれた状況に固まるズラ子を面白そうに眺める。
「店…」
同じく全裸のズラ子は、畳に散らばる着物に手を伸ばし急いで掻き集める。
「今日は臨時休業にしといたぜ。」
「え?」
形の良い尻を惜しげもなく目の前に晒し、振り向いたズラ子に晋助の熱が再度ふつふつと滾り出す。
「安心しろ、従業員にも連絡しといたからよ。だから…」
細い腰をがしりと掴まれ背中へ体重をかけられたズラ子はぼふんっと布団へ沈んだ。
「っ…あ」
項から背骨へかけてぬるりと這う舌に条件反射で吐息が漏れてしまいズラ子は慌てて口を手で抑える。
「好い声だ、もっと聞かせろよ…。」
その手を外され背から徐々にくびれを通り前へ下がる愛撫に、喘ぎが止まらなくなる。
「あぁっ、やだ…」
意識を飛ばす程抱き合った後の火照りが冷めやらぬ身体に触れられれば、どうなるかなんて容易に想像がつく。
でも。それでも。
求められたら抗えない。
もっと、もっと、触れて欲しいと、身体は晋助を求めてトロトロに溶けていく。
彼を受け入れたくてそこは粘液で潤い柔らかく弛緩し、貫かれるのを今か今かと待っている。
「…き、」
「…ん?何だ?」
「好き…だ、晋助。」
縋るように手を回しズラ子は自ら口付ける。
「さっき、お前は言っただろう?晋助の事が好きだろうって…。だから、好きだから、もう余り心配をかけさせないでくれ。お前に何かあったら、俺は…」
晋助の首筋に熱いものが触れ、ズラ子がまた泣いている事に気付く。その腕を解き熱い口付けを交わすと、晋助はそのまま彼を膝に乗せゆっくりと下から突き上げた。




会えなかった時間を埋めるように、あれから何度も抱き合った二人は日が昇る頃にはぐったりと疲れ果てていた。
ぴたりとくっつき隣で眠る愛しい人の寝顔を見ていた晋助は、薄く空いた彼の唇に羽のようなキスをした。触れた瞬間、ズラ子は瞼を震わせたが、絡めた腕を更に密着させる様にまた穏やかな寝息を立て始める。
「ここに紅が乗っかった瞬間“お頭裸”の女将になっちまうんだよなぁ。だから今は俺だけの素のズラ子だ…。ま、正直どんな色してようが俺のモンには変わりねぇがな。」
ククッと笑が漏れ、自分もこの泣き虫の事がどれだけ好きで大事に想ってるのかと自嘲する。

顔にかかる髪を払ってやり、今一度親指でズラ子の唇をそっとなぞり、満たされた晋助はゆっくりと目を閉じ眠りに就いた。


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